灼熱
「これは絶対みんなに読んで欲しい!超おもしろい!超名作!」というわけでもなかったので、別にここで紹介しなくてもいいかなと思ったのだけど、やけに印象に残っているのでやっぱり書こう、ということでシャーンドル・マーライの『灼熱』です。
知ってる方はほぼいないのではないかというマイナーな作家で、日本語で読めるのはこの作品のみ。私も今年になって吹き荒れている中東欧文学旋風の影響でたまたまたどり着いた感じですが、ハンガリーでは国を代表する作家だそう。共産主義レジームを嫌い、ほとんど追放されるような形でイタリアに移り住み、それからアメリカのサンディエゴで拳銃による自殺で88年の生涯を終えています。この時代の中東欧の作家たちは本当にみんな不遇過ぎて、wikipedia を読んでいるだけで涙が出てきます。本当に思想統制はいけない。言論の自由、万歳!
『灼熱』のオリジナルタイトルは ”A gyertyák csonkig égnek” で、『蝋燭が芯まで燃え尽きる』という意味なのですが、確かにギラギラと焼け付くようなイメージのある『灼熱』というよりも、ゆっくりと、でも確実に何かをすり減らしていく、そんな情熱をテーマとした物語なのです。プロットは驚くほどに単純で、「名門貴族出身の年老いた大尉の館に子供時代の友人が41年ぶりに訪ねてくる」というもの。面白おかしく言っているわけではなく、本当にこれだけしか起こりません。が、そこにある心理ドラマが凄いのです。美しいのです。純粋で揺るぎないのです。そして何よりも独特なのが、物語が進行するペース。もの凄く薄い雪の一片が宙から落ちてきたり、夏の午後の濃い影が地面を動くような、そんな自然の摂理を感じさせるようなオーガニックな時間が流れている。ゆっくりなんだけど、すべては過ぎ行くもので、そして二度と戻ることはない。当たり前のことなんだけど、それをナラティブのペースをコントロールすることで表現し、ここまで成功している作家って他にいないのではと思いました。これだけでも読む価値があると思います。いやいや、出会えて良かった。
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