老人と犬
先日、多分読書し過ぎてちょっと人生狂っちゃってる感じの匂いのする人と仕事でお目にかかる機会があったのだけど、その時に、「今泉さんは、小説に出てくると無条件に興奮するものってありますか?」と聞かれて、ああ面白い質問だな、と。その方はパリとお酒というおフランスの香りがするお答えでしたが、私はワンちゃんです。大抵本は作家ごとに置いてあるのですが(文脈棚セクションもありますが、本気で蔵書が多すぎてやりすぎると本当に見つからなくなるので)、『地図と領土』とか『オデッセイ』とか『ティモレオン』とかは特別セクションに置いてあるのです。そう、魅惑のワンちゃんセクションです。
で、『老人と犬』というタイトルからも分かるように、この本も私のワンちゃん棚に入っているお気に入りの一冊なのですが、なんとあのジャック・ケッチャム先生作の『動物愛護暴力小説』なのです。もー、私、ケッチャム先生大好きなのですが、恐らくものすごく高尚な文学作品を書ける圧倒的な才能をお持ちにも関わらず、とにかく馬鹿げているほどに残酷な方法で登場人物たちを惨殺したり拷問したりするB級オゲレツ鬼畜小説しか書かないという作家なのです。なので興味がなさそうな箇所はとにかく雑! 例えば、本書からの一場面。
一瞬の場面が脳裏でひらめいた。新しい場面がつぎつぎに重なった。
(ごろごろと転がるトラック)
(目をあけた瞬間に見えた、両手で握った枝を振り下ろすダニー)
(川岸に響くショットガンの銃声。首が消えうせた犬)
(裸でベッドに横たわるキャリー・ドネル)
生人と死者。
箇条書きかよ!?
また、ほとんどの作品の結末は分かりやすいポエティック・ジャスティスに終始していて、それもケッチャム先生をパルプ作家たらしめているのですが、当の本人はお構いなし。社会とか政治とか倫理とか、多分本当にどうでもいいんです。一流作家になろうとか、間違っても思ってない。だからこそ、忌憚なく自分が本当に書きたいものを書いている。
それでは、正しいケッチャム作品の鑑賞方法とはいうと、とにかく先生がノリノリで書いたと思われる気合のシーンを堪能すればいいのです。ヒルとカエルの戦争とか、変態セックスとか、人肉バーベキューとか、ぐらぐらに煮立った油を食人族にぶっかけたりとか、竹槍(もちろん汚物が塗りつけてあります)を仕込んだ落とし穴に追い詰めたりとか。もうなんというか、マックポテトにチョコレートソース掛けちゃったような、そんなちょっと振り切れちゃったすっちゃかめっちゃかな狂気のジェットコースター感を味わうのが正しい。気がします。
なんてことを前置きしてアレですが、なんと『老人と犬』は他作品とはちょっと違って、これでもかという残酷描写がほとんどない。簡単にあらすじを説明すると、主人公のラドロウ老人が愛犬レッドと川で釣をしていると、どこからか三人の少年がやってきて、カツ上げするだけのお金を老人が持ち合わせていなかったという理由でレッドの頭をショットガンで吹き飛ばすのです。もー、これは、怒れる老人、どんな方法で復讐をするのだろうとファンはワクワクしてしまいますが、そんなひどいことも起こらないまま物語は進行します。これ書きたかったんだな、という蛆虫だらけになった腐ったワンちゃんの描写などはありますが、ラドロウ老人はいたって理性的で常軌を逸することはありません。しかも、最後の方など、ちょっとウッとくるような感動シーンさえあります。もう普通に感動ワンちゃん小説書くとか、やっぱりケッチャム先生狂ってる! 最高! 大好き! というのは置いといて、ウエルベックとかもそうだけど、これ以上ないぐらいひどい人間像を描く作家が素直にワンちゃんかわいい、いい子、大切、とか書いているのを見るとキュンキュンするわけです。ということで、ケッチャム先生の魅力が伝わったかどうかは分かりませんが、『オフシーズン』、『森の惨劇』、『オンリー・チャイルド』とか、現代を生きるための教養として読みましょう!
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